Rashii

川崎フロンターレ どうしてサッカークラブがそこまでやるの? 教えて井川さん。

世界にも誇れる、
スタジアムの空気。

川崎フロンターレのコミュニティには、特有の温かさがあると筆者は感じます。それは、陸前高田との交流、試合前のお祭りのようなにぎやかな雰囲気もそうですが、ゲーム中のスタジアムの空気に特にあらわれています。等々力陸上競技場では試合で劣勢の時も、負けても、自分たちの代表である選手に対するブーイングは起こりません。そんな時こそ、チャントで、声援で選手たちの後押しをする姿が印象的です。

今でこそJ1リーグを連覇するほど強いチームですが、ここに至るまで苦楽を共にしてきた人たちには、川崎フロンターレを通して「自分たちの町を元気にする」、「より誇れる町にする」という共通の想いがあります。だからこそ、ブーイングすることで一緒に町を元気にする「仲間」である選手やスタッフがどう思うか。初めて観戦に訪れた人がどう感じるか。子どもたちがどんな気持ちになるか。「川崎という町のために」というぶれない想い、考えが共有されているからこそ、どんな時も一緒に乗り越えようとするパワーが生まれます。まさに、理念である『FOOTBALL TOGETHER』を体現する空気がつくられています。

「いずれ子どもたちがフロンターレを支えていくんだから、ちっちゃい子を連れてきても、楽しめるスタジアムにしようと。『町を元気にできなくなることはやめよう』と見守ってくれる人が多い。スタジアムの空気をつくるのはサポーターなんです」(井川さん)

誰もが安心して安全に観戦できる環境は、Jリーグが世界に誇れるものの一つです。それはオーガナイズされたリーグの運営とコミュニティを形成する人たちの想いがつくりあげたJリーグ、そして川崎フロンターレならではの強みです。日本独自のクラブのあり方を提示しながら、「町を元気にするコミュニティ」を着実に強く、広げることに成功しています。

予算がないからこそ、
人は成長する。

町を代表するクラブも、視点を変えれば中小企業です。年々、売上も観客数も拡大していますが、プロモーションに予算を大きくさけないからこそ生まれるメリットがありました。井川さん曰く、「低予算」の中でいかにインパクトを生み出すか。そこは、実行スピード、人を巻き込む力が重要になると言います。一人二役どころか何役なのかと思わせるほど、様々な場面で井川さんを含めスタッフの方々が躍動されていました。ただこれもクラブ全体で、境界をどんどん超えながら動くことが当たり前なのだと言います。

「人は、お金がないと考えるしかない。自分たちでやるしかないんです。外注しちゃうと自分たちで考えなくなるので、自分たちにできることが増えていかないですよね」

企画もする。設営もする。運営もする。販売もする。縦割りの組織の動き方をしないからこそ、できることが増えていく。だから、改善点が見えるようになる。お互いの理解が深まる。組織に知見がたまっていく。予算やリソースのハンデをプラスに捉え、自分たちの強みに変えていくことを続けています。

中でも大きなメリットは、「サポーターと一緒に自分たちで考え企画し続けるからこそ、アイデアの良し悪しの判断がつくようになることだ」と言います。川崎フロンターレらしい尖ったアイデアは、自分たちの強みを掘り下げ、考え続ける中でしか生まれません。もし提案を受けるだけのフローになれば、クラブの外側だけで関係が完結することにもなります。だからこそ、自分たちで考え抜くことが、文化として、クラブの無形資産として残っていくと判断し実行しているそうです。

また、「低予算」で実行するには多くの人に協力してもらわないと成り立ちません。地元の人やその道のプロの人たちを巻き込んで、味方になってもらわなければいけない。「好きだからやる」という人を増やし続け、地元に輪をどんどん広げることが必要になります。そうすることで、一見サッカーとは遠い業種の人たちとも関係性を築けることにつながったと言います。つながりを少しあげるだけでも、『JAXA』に『川崎北部市場』、『大相撲中川部屋』『元祖ニュータンタンメン本舗』など本当に多様性のあるコミュニティが形成されています。

2018年にJリーグ連覇を決めた試合で注目を集めた金色仕様のマスコット『ふろん太』と『カブレラ』。この企画の裏にも、地元のサポートがありました。通称『フロンターレ衣装部』と呼ばれる、数々の企画を得意な裁縫で支えてきた地元のお母さんたちです。

話題をつくるためには、タイミングが何よりも重要です。そのため急ピッチで、金色仕様に。遠く大阪でのサプライズ登場は、狙い通り話題となり、その後しっかり「純金」のグッズ発売へ。話題化だけではなく、しっかりと売りにつなげる計算通りの仕掛けでした。

金色仕様のマスコットと共に連覇達成をサポーターと喜ぶ。
©川崎フロンターレ

「低予算だから手弁当なんだろう」というのは、ある一面からの見え方に過ぎないと感じます。協力を惜しまない「仲間」たちには、「自分たちがこのクラブを支えている」という手ざわり、手ごたえがある。だから満足感にあふれ、それが幸福度の向上につながり、その人たちがさらに周囲の人たちを巻き込んでいく。共創する「仲間」がどんどん増えることで、独自の世界観はさらに濃く、多くの人が関わるコミュニティになっています。「低予算」という言い訳をしたくなる状況が、逆に「考えぬく力」、「巻き込む力」、「広げる力」を強くしていているのではないでしょうか。

クラブは、家族みたいなもの。

陸前高田から毎年「かわさき修学旅行」の引率で訪れる松本さん。

現在進行形でつながりのある陸前高田でもコミュニティは広がっていると、『かわさき修学旅行』に同行されていた松本さんが教えてくれました。

「フロンターレは、家族みたいなもので。家族との交流ですよね。サッカーのことは全然わからないけれど、フロンターレだからおもしろいんですよね。陸前高田にもサポーターが増えていますが、今後もこの関係が続いてほしいです」 (松本さん)

これまでの歴史がそうだったように、強いから応援するのではなく、自分たちの代表だから応援する。たくさんの人が応援してくれるのなら、クラブは強くなければならないという順序の考え方。もちろん選手、スタッフは勝利が目的です。一方で勝利を「手段」として、愛され続けることを「目的」とする。そんな考え方を井川さん、サポーターの方々から何度か聞くことがありました。その度に、「川崎フロンターレから広がるコミュニティは豊かだ」と感じました。

全体の目的が勝つこと「だけ」になってしまうと、あらゆることが成績に左右されてしまいます。不確定要素のあるスポーツ、サッカーであればなおさらです。だからこそ、川崎フロンターレは「強化」と「事業」が両輪なのです。勝つことだけではなく、愛される存在であり続けられるか。コミュニティが発展するために大切な考え方です。

「何のために存在するのか」、そのパーパスが共感を集め、多様な人が関わり、それぞれが自分ゴト化し、価値を高める活動をしてくれる。そして独自の文化が形成され、エンパワーメントするコミュニティになる。企業があるべき姿の、ある意味ひとつの理想を体現している川崎フロンターレ。クラブに関わる人たちは、どんな未来を描いているのでしょうか。井川さんが話す100年かかるかもしれない理想像とは。続きます。

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