時代は奈良から
はじまった
未来も奈良から
はじまる
-歴史的な奈良という地だからこそ、ここから未来を発信する意味があるという。これもまたギャップですね。
藤本 弘道氏:そうですね、奈良とロボティクス、1300年のギャップを生かそうと。奈良は大和。「大きく和える」。ここに拠点を移してから本当に人も辞めにくくなりました。まあ最近、技術の若手社員が2名、結婚を機に辞めてしまったというのもあるんですけど…奥さんが地元に残ってしまって、奈良に引っ越してもらえなかった。会社と奥さん、どっちを選ぶかなと思っていたら、もちろん奥さんを選ぶという。これ、今のうちの一番の経営リスクです 笑 奈良には田舎っていうイメージがある。大阪から40分、京都から45分で来れるのに。でも、今はたまたま日本人しかいないですけど、これからはもっと世界のいろんな地域から人を集めたいなと思っていて。そういう外国の人材には、奈良は魅力的に映るはずです。そもそも日本で働こうと思ってくれる人って日本が好きなんです。じゃあ、何が好きかというときに、奈良・京都は外せないんですよ。そう考えたら、やっぱり奈良にいることの可能性は大きい。イノベーションを起こしやすくて、多様性も求めやすくて。それに、私自身が、こもって考えるのが好きなタイプなんです。落ち着いて、ゆっくりと物事を考えていたい、それを後押ししてくれる空気が、奈良にはあります。自分で過ごしやすい環境をつくるのも社長の特権じゃないですか。
話は変わりますが、「和えて活かす」もしくは「0から1をつくる」ために一番大切なのは、「意識を変えようとすること」なんです。もともとはものづくりを頑張ろうとしていたんですけど、いいものができてもなんか違うなあと。ものじゃないなあということで、コトづくりをはじめてみて、一生懸命コトをつくってみたものの、やっぱり何かが違う。これまでもいくつか自社製品を出してますけど、コトでなんとかしようと考えているうちは、市場もできないし、なかなか広がっていかない。そのときにコトづくりって、1から10とか、10から100をつくるときの言葉じゃないかなと思ったんです。じゃあ、もっと手前、0から1に必要なのは何だろうと考えたときに、気づいたのが「意識を変えること」でした。それを使う人の「意識を育む」ことがテーマなんだなと。
ものでもなく、
コトでもなく、
意識を変えること。
-ロボットというものを通じて人の意識を変える。「社会実装」ならではの視点ではないでしょうか。
藤本 弘道氏:実際に作業現場で悩んでいる人がいたとして、そこで働き方を発信すれば企業ブランディングにつながるんじゃないかと思いますし、デザインなんかももっとこだわっていけば、意識も変わっていくと思うんです。だから、我々が開発するロボットも意図的に、身につけたときに存在感があるようなデザインにしています。あえて溶け込まないようにしようと。そうすることで、人の意識が変わる。服って気持ちが変わるものだと思うんですよね。戦闘服を着ると戦う気になるでしょうし、人によって勝負服ってあるじゃないですか。それって大事だと思うんです。例えば、うちのパワードウェアを使っていただいている企業のひとつに、浜田化学さんというリサイクルの会社があるんですけど、この業界は50万人くらい人がいるんですね。労働集約型の産業なんですけど、作業を自動化できるような機械や産業用のロボットのようなものは、なかなか導入されない。確かに、例えば油を回収するときは家庭からのものはペットボトルなんかに入ってきますし、業者であればペコペコになって端が壊れたような一斗缶なんかで入ってくるわけで、それらをすべて一緒にして、自動的に処理するのは無理がある。だから、人手を使ってやるしかないそうです。パワードウェアは、そういうところで力を発揮するんですね。ただ、作業が楽になるだけでなく、ロボットを身につけることで自分が変わったようなスイッチが入るんです。そうなると現場の改善が進んだり、みんなでアイデアを出すようになったりとか、そういった社内の空気づくりにも影響する。もちろんメディアにも発信するので人が集まりやすい。ロボットが人材を集める手段にもなっているんですよ。なんか優しい会社っぽいとか。浜田化学の岡野社長は「ロボットは意識を変えるスイッチですね」と冗談っぽく言うんですけど、本当にそのとおりです。もともとクライアントのブランディングにつながるとは考えていましたけど、この言葉を聞いて自分たちがやっているのは「意識を育む」ことなんだと、あらためて痛感しましたね。
廃食用油や食品残渣リサイクルなどの環境事業を手かがける浜田化学株式会社では、回収されてきた肉脂(牛脂や豚脂)や植物油を容器から取り出す抜缶作業の現場でパワードウェアが使われています。
-それが、「社会実装」へのこだわりにもつながるんですね。
藤本 弘道氏:そうですね。うちの社員の採用エピソードで、研究の意味そのものを考えてしまった研究者がいたというお話をしましたが、研究のための研究になっていたり、開発のための開発になってはあまり意味がないと思うんです。やっぱり、使ってもらってナンボ。世の中のためになるというのが大切というか。人のため、社会のためになるものをつくりたいですね。ロボットはあくまで道具という認識です。たとえロボットが自ら思考して行動するようになったとしても、やっぱり人間のための道具に変わりはありません。
自動で動くようになっても道具なんですよ。そういう考え方が社会実装のもとになっていると思います。道具は使うものですから。
本当に使えるものにするには、
自分だけ、自社だけの
発想を超える必要がある。
CODE NAME「KOMA 1.5」
-そういう発想があると、0から1でなかなか世の中に浸透しづらいものでも、社会に実装されやすくなるものでしょうか。
藤本 弘道氏:結局、世の中に導入されていく場合、いろんなやり方があると思うんですけど、今で言うと、まずは情報を発信してバズらせるというのをたくさんやった方がいいなと思っています。それはなぜかと言うと、本当に使えるものにするには、自分だけ、自社だけの発想を超える必要があるからです。自分のアイデアや知識って限られているんです。当たり前の話ですが、知らない知識は使えませんよね。調べたらわかると言われても、腹に落ちてない知識はやっぱり使えない、使える知識は自分の知ってる範囲だけ。仮になにかひとつアイデアを見つけたとして、組み合わせて次のものを見つけるのに、自分の範囲だけでは狭すぎる。だから、バズらせることで、まずは情報を広めていくんです。ATOUNでは、プロトタイプ、未完成の状態でめちゃくちゃ発信します。普通の企業だったらまだまだ隠しておくこともどんどん公開しています。そうすると、いろんな情報や、いろんな視点とか解釈を投げかけてもらえるんですね。世の中言いたい人が多いんです。無償でいろんなことを言ってくれる。そのほとんどはすでに考えたことで、100コ情報をいただいたら99コはそうです。こっちはそのことばっかり考えているプロですからね。でもたまに、びっくりするような情報が寄せられたりする。それを自分なりに知識に変えてみたときに、新しい可能性を見つけることができたりします。そのために発信しているんです。もちろんそれでお客さんが見つかることもありますしね。
ただ、リアルテックを「商品にしていく」という点では、親会社のパナソニックから学んだことは大きいですね。パナソニックの安全品質規格は、非常に優れていますから。厳しすぎるんじゃないかと思うくらいで 笑。それを我々が吸収させてもらってその安全品質の規格の範疇で考えるというのができるようになってきた。案件によっては、短期間で小ロットのプロダクトをつくることもあるのですが、それでもかなり高いレベルで作れるようになってきたんです。意外とそういうところは少なくて。こればっかりは知らないとできない。実は、昔は私もそうでした。感覚としては知ってたんですけど、安全品質は大事だと。でも、自社商品をやり始めてああそういうことかとわかってきましたから。そういう経験と知識を得られたことはよかったなと思います。
0から1をつくるために、人の意識を変える。社会実装という視点から生まれた「意識を育むものづくり」には大きな感銘を受けました。コミュニケーションを生業にする私たちとはまた異なるアプローチでありながら、ロボットという、実体のある、ものを通じて人の意識を変えるということ。社会で使えるイノベーション、広がるロボットの可能性。人とロボットと社会、そしてATOUNの未来とは。最終話となる第5回へと続きます。