「パワードウェア」をはじめとする着用型ロボット機器の開発・販売を手がける「株式会社ATOUN(アトウン)」。人とロボットの「あうんの呼吸」を実現することによってロボットの実用化を促進し、性別や年齢などによる「体力差」が障壁にならず、だれもが自分が持つ本当の能力を発揮できる社会「パワーバリアレス社会」の実現を目指しています。「使ってもらってナンボ」と語る社会実装への想い、奈良という地方都市から起こすイノベーション、人とロボット、社会とのつながり、そして、ATOUNの未来について、藤本弘道社長のインタビューを全5回でお届けします。
取材:橋本 和人 文:熊高 慎太郎
あうんの呼吸で
動くロボットを着よう。
-ATOUNのミッションやビジョン、社名などに込められた想いをお聞かせください。
藤本 弘道氏:2003年の創業で、ちょうど少子高齢化社会が進展しているタイミングでした。そこで、どんなビジネスができるかを考えたときに、高齢者比率の増加にポイントを当てるか、労働人口の減少にポイントを当てるか、方向性として2つあったんですね。と言っても、この2つはいわば裏表になっているところがあって、高齢者が現場で働けるようになれば、高齢者比率の増加は労働人口の減少の解決策になり得ます。それに、歳を重ねているということは経験があるということですから、現場のノウハウも維持されやすい。だから、まず、老化によって低下する「力」をなんとかしようと思ったんです。あとは女性ですね。「力」が女性の活躍の幅を狭めている原因になっていることは、当時から感じていました。そこのところでバリア(障壁)がなくなれば、きっといろんないいことが起こるだろうと。
そんな想いをもとに、「ロボットを着て、人間がもっと自由に動き回れる世界をつくる。」というミッションを掲げ、ロボット技術の開発に取り組みました。また、創業当時から、「あうんの呼吸」というのを非常に大事にしていまして。人と人が助け合って何かをするときにあうんの呼吸で息を合わせてヨイショとやりますよね。そんな感じで人とロボットが一緒に働くということもできるんじゃないかと。さらに、呼吸を合わせることは、人と関わりながら事業を進めていくうえでも大切にしています。そんな「あうんの呼吸」にちなんで社名を「ATOUN(アトウン)」と名付けました。
奈良に本社を置いているのは、イノベーションを起こしやすい環境に拠点を置きたいから。どういう環境ならイノベーションが起こりやすいのか、一概には言えないんですけど、発想の広がりみたいなことを考えると、やっぱり空が広いほうがいいし、自然も多少はあったほうがいい。都会の真っただ中だと、どちらかというとビジネスビジネスしちゃうんで…人が多いところで商売をすれば、ビジネスという面では話は早いのかもしれません。だけど、多少都会から外れた場所にいるからこそ、ロングスパンのビジョンを考えることができると思うんです。同じようなことはシリコンバレーなんかでもそうで。空が広くて、街も研究拠点は高さ制限がかかっていますし。奈良ももともと文化財があって、高い建物は建てれない、このままいくと未来永劫この空は守られますから。
-では、もともとなにか縁があったというわけではないんでしょうか?
藤本 弘道氏:いえ、私は奈良で育ったんですけど、もともとの創業は今よりもう少し北のほう、都道府県で言えば京都だったんです。そこから南へ下がってきて奈良県に入ってきた。たまたまここの建物が空いてたからなんですけどね 笑
この瓦屋根の建物、すごくいいでしょう?これ、実は奈良の名産である三輪そうめんを扱う老舗、三輪山本が持っているものなんです。
ロングスパンのビジョンで、
着実に社会実装させるために
考えを巡らせる場所。
-最初社屋を見たとき、まずこの建物にびっくりしてしまいました。ロボットの会社ということで瓦屋根の建物とは想像もしてなくて。
藤本 弘道氏:うちの会社はギャップを大切にしていて。この社屋もそのギャップのひとつですね。人とロボットの「あうんの呼吸」を大切にしているのもそうです。ともすると対立させて考えがちなもの、つまりはギャップがあるものをつないでいるんです。
-人間とロボットというギャップのある関係性に着目されたということですが、当初からロボットの技術開発でビジネスを考えていたのでしょうか?
藤本 弘道氏:私自身は1970年生まれで阪大で原子力を専攻し、その後パナソニックに入社して材料のエンジニアをやっていたんです。そこで、モーター用の材料などを研究していてその材料の使い先としてロボットに出会う機会が多かった。それがきっかけで、社内ベンチャーの制度を使って会社を設立したわけなんですけど、決して、ロボットが好きで会社を立ち上げたというわけではないんです。
たまたま世の中の困りごとに応えようとしたツールがロボットだっただけなんですね。
でも、そこからこだわっているのは「社会実装」ということです。ただ研究したり、開発したりというだけでなく、仕事や生活の中でリアルに役に立つロボット、プロダクトを作っていこうと。
と言っても、社会でのロボットの役立て方はいろいろあるわけですが、私が注目したのは「ロボットは疲れない」ところです。人間が仕事を頑張ろうと思ったら、どうしても身体を酷使してしまいがちです。それを軽減するとなると、働き方のシステムを変えることによって解決する方法ももちろんあるのですが、人自体に助力して支援する方法もある。自分は後者でいこう、と思ったんです。それで二人羽織のように着用できるロボットの開発に取り組みました。二人羽織って、だいたい「着ている人」と「背後に隠れている人」の呼吸が合わなくて、うまく動けなかったりしますよね。宴会なんかだとそこが面白いのですが、でも、もし「あうんの呼吸」で動くことができたら、きっと「着ている人」は、ずいぶんと楽ができるはずですし、できることも増えるはず。目指したのは、そういうロボットでした。だから、ロボットは人間の職を奪うんじゃなくて、可能性を広げるためのものなんです。我々は「パワーバリアレス社会」といって、力に特化していますけど、別に身長が伸びてもいいですし、腕や足が伸びてもいいですし、目がもっとよくなっても、耳がもっと聞こえるようになってもいい。いずれにしても人間の機能拡張というところから、やるべきことを考えていきたいと思っています。だいたいのベンチャーは逆のアプローチが多いんです。困っているところに技術を当てはめるんじゃなくて、技術があってそれをどう使うかといったように。我々がそんなに焦ってないのは、困っているところにひとつひとつ応えていくというところを目指しているからなんです。
ロボットは
人間の職を奪わない。
人間の活躍する場を
増やすもの。
-テクノロジーの分野はある意味早くやった方がいいみたいな、開発合戦のような世界かと思っていましたが、そういうわけでもないんでしょうか?
藤本 弘道氏:確かに、特にベンチャーの世界では、開発合戦の側面もあると思います。将来性がありそうな技術を開発して、たくさんの投資をしてもらって、という。でも、その後はと言うと、その技術を別の企業に売ったり、さらにそれが大企業に買われたり…なんてことになりがちです。冷静に考えると、いったいいつになったら社会に実装されるんだ、と。未来の価値だけで売り買いされていて、そこで収益があがっているんですね。それはそれでひとつの選択肢ですけど、結局何もできてない。ATOUNは、それよりは着実に社会実装していくことを重視しているんです。リアルテックってそういうものなんですよ。いま量産している「ATOUN MODEL Y」も、もちろん実際に使ってもらうことを前提に、現場をシビアに見つめて開発していますし、次に開発する技術にも、実際の仕事の現場や生活をしっかりと見つめながら取り組んでいます。開発のための開発、技術のための技術というような取り組み方はしません。やっぱり技術は「使ってもらってナンボ」ですから。そこを意識しないと、社会実装につながっていかないんじゃないでしょうか。
技術ありき、ではなく、社会課題に対し自分たちの技術で何ができるかを考える。そんな、「社会実装」へのこだわりにATOUNらしい志が表れていると感じました。広い空の下、急がず、焦らず、着実に社会に実装させるために考えを巡らせる。その先には、どんなイノベーションがあるのか、「ATOUN」の考えるイノベーションとは何か。第2回へと続きます。