― ―地元の奈良県や地域とのつながりについて、教えていただけますか。
中川政七氏:今までの商売で言うと、奈良は47分の1にすぎなくて。売上のボリュームも正直大きくないので、そういう捉え方だったんです。ただ工芸の未来を考えた時に垂直統合が必要で、それをやるためには産業観光をやらないといけない、というのが見えてきた。人様に言ったり教えたりする前に、自分たちがまずやらないといけない。そこで「奈良をしっかりやる」というのは、2年前から会社として大きなタスクだと意識してやっています。
「奈良を良くしていく」というのは、「奈良に良いコンテンツがたくさんある」ということ以外の何ものでもないです。地元サッカーチームの奈良クラブ(※中川政七氏は2018年11月より奈良クラブの社長に就任)も魅力的な存在になってほしいし、それ以外にも例えばパンに命を懸けてすごくおいしいパンをつくる職人がいて、でも経営やブランディングがさっぱりわからないと。そこに知恵とお金を授けることで、いいパン屋を奈良につくってくれたら、それは一つすばらしいコンテンツになるのでそういう活動はして行こうと思っています。すでに2018年6月から講座を自主開催していて、いくつか面白い事例が生まれそうです。
中川政七氏:年に一回、かなりパワーを使って「大日本市博覧会」というイベントを工芸産地で開催しています。今年は三重県の菰野町という人口4万人くらいの町でやったのですが、客観的に見て「不思議だな」と感じました。このパワーを東京でかけた方が売上は伸びると思うんですが、でもそこで炸裂させるわけです。それが「うちらしさ」だし、うちがやるべきことだと思っています。見てくれている人は見てくれていて、「つながっているんだろうな」と信じているからやれますけど、普通のマーケティングの感覚で言うと「そこでやることは意味がない」となると思うんです。
これは中川政七商店が開催する工芸産地のイベントと地元事業者が主催するイベントとのタイアップなんです。昨年は福井県の鯖江で開催しました。年一回どこかの産地で、その産地の地域イベントのブースター役として入ってお手伝いしています。
昨年の鯖江では、それまで2000人しか呼べなかったイベントに中川政七商店が乗っかることで4万人超えになりました。うちがその地域でやるのは一回限りですが、彼らは今年自分たちの力で3万8千人もの人を呼ぶことができたんです。私たちは打ち上げ花火をお手伝いしてもそれだけではダメで、今鯖江で何をやっているかと言うと、協力事業をやっているんです。
経営とブランディングの協力をしていて、地元の人たちが自主的にいいコンテンツをつくれるようにレクチャーしています。人が来るのは結局「コンテンツがいいから」しかないんです。中川政七商店のコンテンツ力で人を呼んでいるというのも多分にあるので、2年目以降の地力を上げる取り組みのサポートも組み合わせてやっています。菰野町の時も挨拶で「打ち上げ花火一発で終わらせてはいけない。来年足元をボトムアップするための協力が絶対必要だ」という話をしました。
― ―地域が自走できるようにされるわけなんですね。
中川政七氏:食っていける状況、ということにすべてがある。掲げているビジョンに対しての取り組みの真剣さでは、しっかりやっていると思います。
― ―これからの活動についてお聞かせいただけますか。
中川政七氏:「日本の工芸を元気にする!」と掲げていますが、何かを成し遂げたわけではないので。今が1合目なのか2合目なのかわからないですけど、そこをやりきることだと思います。そのために現実的な戦略はいくつかありますが、一つ「産業観光」というのはキーワードだと思います。やっぱりつくっている現場を見ていただくのが、一番価値が伝わると思うので、その状況をいかに生み出すか。そこにしっかりチャレンジしていかないといけないと思っています。
【編集後記】
「日本の工芸を元気にする!」その大きなパワーに触れることができた中川政七会長へのインタビュー。中川会長の言葉は、時に厳しくも工芸への想いが溢れるものばかりでした。可能な限り自前でつくり、販売し、外に発信していく。産地の強みを見立て直し、独自の価値として磨き上げ、自走できる産地にする。「SPA化とコンサルティングのかけ算」。それは、旧態依然とした業界に「ビジョン」を掲げ、「中川政七商店は何をしていくのか?」のパーパスが明確だからこそ、できることだと感じます。工芸の世界に関わらず、経営とブランディング、コンテンツに対する取り組みにはヒントがあるのではないでしょうか。日本の工芸はもっともっと元気になる、そんな予感がした奈良での取材でした。